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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)6326号 判決 1964年4月15日

原告 日本住宅公団

被告 直井英一 外三名

主文

一、被告直井英一は原告に対し、別紙目録の建物を明渡し、且つ金四、八五〇円、およびこれに対する昭和三六年七月一日から完済まで、金一〇〇円につき一日金五銭の割合による金員と同年六月二一日から右建物明渡ずみまで、一ケ月金一〇、九二〇円の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを五分し、その二を原告、その余を被告直井英一の各負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告 左記判決および仮執行の宣言

(一)、被告らは原告に対し、それぞれ別紙目録の建物を明渡せ。

(二)、被告直井英一は原告に対し、金四、八六〇円およびこれに対する昭和三六年六月二一日から完済まで、金一〇〇円につき一日金五銭の割合による金員を支払え。

(三)、被告らは原告に対し、各自、昭和三六年六月二一日から右建物明渡ずみまで、一ケ月金一〇、九二〇円の割合による金員を支払え。

(四)、訴訟費用は被告らの負担。

二、被告ら いずれも左記判決

「請求棄却。訴訟費用は原告の負担」。

第二、原告の請求原因

一、別紙目録の建物(以下、本件建物という)は、原告の所有である。

二、本件賃貸借契約

原告は昭和三二年四月一七日、被告英一に対し、本件建物を、左記約定を以て、賃貸した。

(イ)、期間

昭和三二年四月二一日から一年間。但し、一年毎に更新する。

(ロ)、賃料等

賃料は一ケ月金七、〇三〇円とし、その外に賃借人は毎月共益費として、原告の定める額(当時、一ケ月金二五〇円)を負担し、右賃料および共益費の合計額(以下、賃料等という)を毎月末日までに原告へ持参支払うこと。

もし賃借人が賃料等の全部または一部の支払を遅滞したときは、原告に対し遅延損害金として、右未払賃料等に対する右遅滞の日以降完済まで、日歩金五銭の割合による金員を支払うこと。

(ハ)、賃借人は、本件建物の全部または一部を有償で他へ転貸し、もしくは同建物の賃借権を他へ譲渡し、または他の住宅と交換しないこと。

もし賃借人が右約定に違反したときは、原告は催告をなさないで、直ちに本件賃貸借契約を解除することができる。右契約解除の場合には、賃借人は原告に対し、直ちに本件建物を明渡し、且つ契約解除の日の翌日から右明渡ずみまで、一ケ月前記賃料等の一、五倍の割合による損害金を支払うこと。

(ニ)、その他、日本住宅公団賃貸住宅賃貸借契約書(甲第二号証)のとおり。

三、ところが、被告英一は、昭和三三年六月一日頃から、本件建物を春名謙三に対し、賃料一ケ月金一万円で、有償転貸した。そこで、原告は、前項(ハ)の特約に基き、被告英一に対し同三六年六月二〇日到達の書面を以て、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。したがつて、右契約は同日終了したものである。

四、ところで、被告敏雄・同登美・同猛は、かねてより被告英一と共に本件建物を共同占有して、同建物に対する原告の所有権の行使を妨げ、因つて毎月原告に対し金一〇、九二〇円の損害を与えている。

五、よつて、原告は

(一)、まず被告英一に対しては、本件賃貸借契約の終了に基き、その余の被告らに対しては、所有権に基き、それぞれ本件建物の明渡を求め、

(二)、次に被告英一に対し、昭和三六年六月一日から同年六月二〇日までの未渡賃料等金四、八六〇円およびこれに対する本件賃貸終了の翌日である同年六月二一日以降完済まで、前記特約(ロ)に基く日歩金五銭の割合による遅延損害金ならびに右六月二一日以降本件建物明渡ずみまで、前記特約(ハ)に基く一ケ月金一〇、九二〇円(前記賃料等の一、五倍)の割合による損害金の支払を求め、

(三)、更にその余の被告らに対し、前記共同不法占有による損害賠償として、各自、右占有開始後である昭和三六年六月二一日から本件建物明渡ずみまで、一ケ月金一〇、九二〇円の割合による損害金の支払を求める。

第三、被告らの答弁および抗弁

一、答弁

(一)、請求原因第一、二項は認める。

(二)、同第三項に対し、

「原告の被告英一に対する契約解除の意思表示の点」は認める。しかし、その余は否認。

被告英一は、本件建物に留守番として春名謙三を居住させただけで、同人に対し右建物を転貸したものではない。すなわち、被告英一は、本件建物を賃借後、同建物に家族の一部であるその余の被告ら三名を居住させていたところ、昭和三三年三月頃、被告猛がかねてよりの持病で慢性糸球体腎炎という奇病のため千葉大附属病院に入院し、同人の母・被告登美は附添看護のため同行しなければならなくなり、その結果、被告敏雄も食事等の都合上、被告英一の居宅である肩書住所へ戻る外ないようになつたので、やむを得ず同年六月頃、本件建物の一部に、一時の留守番として、前記春名を居住させたものである。

(三)、同第四項に対し、

全部争う。

被告敏雄・同登美・同猛は、被告英一の家族として、本件建物に居住していたものであつて、被告英一と別個独立に本件建物を共同占有していたものではない。

(四)、同第五項は全部争う。

二、抗弁

(一)、仮に被告英一が、原告主張のように、本件建物を春名謙三に対し有償転貸したとしても、原告の同被告に対する前記契約解除の意思表示は、左記理由によつて、無効である。

1、借家法第六条違反

本件賃貸借契約中、原告の右契約解除の前提である原告主張の特約(ハ)は、賃借人に不利益なるものであるから、借家法第六条により無効である。

2、転貸の承諾

仮に右主張が採用されないとしても、

(1) 、明示の承諾

被告英一は、本件転貸当時、被告登美を通じて、当時の原告公団晴海団地の管理班主任である吉源俊から、右転貸につき承諾を得たものであり、

仮にこれが認められないとしても、被告英一は昭和三五年六月三日、被告登美を通じて、本件転貸借関係を知悉していた右管理班の職員から、原告に対し前記春名を留守居人とする留守居願の提出方をすゝめられ、これに応じて右願書を提出したところ、原告は間もなく被告英一に対し、書面を以て、右願出を承認する旨の意思表示をしたから、少くとも、その頃、同被告は原告から、形式はともかく、実質において、本件転貸の承諾を得たものである。

(2) 、黙示の承諾

仮に右明示の承諾が認められないとしても、原告側は、転借人たる春名が、本件建物に入居後、直ちにその標札を掲げ、爾来妻子と共に同建物に居住し、あたかも自己が右建物の賃借人であるかのように振舞つていることを知つていながら、前記契約解除の意思表示をするまで、約三年間これを放置し、かえつて、その間に、被告側に対し前記留守居願の提出をすゝめ、右願出を承認し、更にその後、右承認の期限である昭和三五年一〇月三一日を経過しても、なんら春名や被告らに対し異議を述べず、また本件建物の賃料等は前記春名の転借後も、依然被告英一から異議なくこれを受領していたものであるから、少くとも、原告は被告英一に対し、本件転貸を暗黙のうちに承諾したものというべきである。

3、背信性の欠如

仮に以上の主張が採用されず、本件転貸が原告に対する無断転貸であるとしても、本件においては、右無断転貸を以て、被告英一の原告に対する背信的行為と認めるに足らない。次のような特段の事情がある。すなわち、

(1) 、転貸の動機

本件転貸は、前記一、(二)のような事情により、被告側に本件建物の留守番をおく必要が生じたゝめ、やむを得ず右目的のため、なされたものである。

(2) 、転貸の態様

本件転貸は、本件建物の全部ではなく、四畳半を除くその余の部分だけであつて、右四畳半には依然被告らの世帯道具が残置され、且つ同人らは自由に同建物に出入りしており(一部転貸)、また転貸の期間も、被告猛の退院までという短期間のもので、前記春名は被告らが本件建物に復帰する場合には、三ケ月の猶予期間さえあれば、いつでも同建物を明渡す旨約束をしており、(一時転貸)、更に本件転貸の賃料金一万円も、被告英一が本件建物に設置した電話に対する前記春名の使用料を含むもので、これを除けば、本件賃貸借の賃料と大差はなかつた(営利の目的の欠如)。

(3) 、本件転貸の原告に対する影響

被告英一は、本件転貸後も全く右賃料の支払を遅滞したことがないから、原告の同被告に対する賃料徴収の確実性は、なんらこれを害されず、また前記春名の本件建物の使用状況も適当であつたから、原告は本件転貸により、全く損害を受けていない。

(4) 、その他

被告側は、原告から本件転貸の承諾を受けるにつき、少くとも右春名を本件建物の留守番として承認を得る等、あらゆる努力をしたが、これに対し原告側は前記二、(一)、2、(2) のような態度をとつた。

なお、転借人たる春名は、昭和三七年五月一三日、本件建物から退去した。

(二)、弁済供託

被告英一は、原告請求の賃料等を、原告あて弁済供託しているものである。したがつて、右賃料債務等は消滅した。

第四、抗弁に対する原告の答弁

一、抗弁(一)に対し、

(一)、借家法第六条違反の点、

全部争う。

(二)、転貸の承諾の点、

1、「被告英一が昭和三五年六月三日、原告に対し被告ら主張の留守居願を提出し、原告が間もなく同被告に対し、書面を以て、右願出を承認する旨の意思表示をしたこと」は認めるが、その余は争う。

2、元来、本件賃貸借契約における原告主張の特約(ハ)(有償転貸等禁止条項)は、原告が日本住宅公団法に定められた目的を達成するため、公団住宅の賃借人となるべき者を画一的な基準によつて審査し、一定の適格者のみ公正な手続により選択しなければならない高度の公益性および非営利性に由来し、右性格から、原告が多数の賃借人を相手に適切な公団住宅の管理をするため、定められたものであつて、絶対的強行性を有する。したがつて、通常の市民法秩序としての民法第六一二条はその適用を排除せられ、賃借人が公団住宅を第三者に対し有償転貸することは、原告の承諾の有無その他理由の如何を問わず、絶対に許されないものである。それゆえ、前記特約についても、当然右法条の適用があることを前提とする被告らの抗弁は、既にその前提において失当であるから、主張自体理由がない。仮に右特約についても、民法第六一二条の適用があるとしても、原告側には、公団住宅の転貸に対し、承諾権者・承諾の方法についての規定は勿論、承諾を与える根拠法令すら存しないから、結局、原告が右転貸につき承諾を与えることは不可能である。したがつて、この点からも、被告らの抗弁は理由がない。

(三)、背信性の欠如の点

「本件建物の転借人である春名謙三が、被告ら主張の日に同建物から退去した」ことは認める。しかし、その余は全部争う。

二、抗弁(二)に対し、

被告ら主張の弁済供託の点は認める。しかし、その余は争う。

第五、立証<省略>

理由

第一、被告英一に対する請求の当否

一、請求原因第一、二項および「原告が、原告主張の特約(ハ)(有償転貸等禁止条項、以下本件特約(ハ)という)に基き、被告英一に対し、昭和三六年六月二〇日到達の書面を以て、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと」は当事者間に争がない。

二、そこで、右契約解除の適否につき、判断する。

(一)、被告英一の本件建物有償転貸の有無

証人甲賀利光の供述(第一回)により、成立を認める甲第五号証、成立に争ない同第六・第七号証、被告登美の供述により成立を認める乙第一ないし第三号証、証人小松達郎および被告登美の各供述ならびに弁論の全趣旨を綜合すれば「被告英一は、本件建物を賃借後、同建物に家族の一部であるその余の被告ら三名を居住させていたところ、昭和三三年三月頃、被告ら主張の事情により、右被告ら三名が本件建物から退去し、相当期間同建物を空家とする外なくなつたので、被告猛の退院まで、いわゆる留守番をおくため、同年五月八日、当時住居を求めていた春名謙三に対し、本件建物(但し、その全部であるか、一部であるかについては、後記参照)を、賃料一ケ月金一万円で毎月一日翌月分を前払、期間同年六月一日から一年一ケ月、敷金三万円と定めて、貸与し、間もなく同人から右敷金全額を受領し、一方春名は同年六月頃より妻子三人と共に本件建物に居住して、毎月被告側に前記賃料を支払い同三六年六月に至つたこと」を認めることができる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうとすれば、被告英一は、原告主張のように、本件建物を春名謙三に有償転貸したものというべきであるる。

もつとも、「右転貸が、被告猛の退院まで、前記春名を本件建物のいわゆる留守番とするため、なされたものであること」は前記のとおりであるが、右春名が被告らの不在中、もつぱら同人らのため、本件建物を占有・管理する者(すなわち、単純な留守番)であつたことを認めるに足る証拠なく、かえつて「春名は家族を引きつれ、自己の生活の本拠としても、本件建物を占有していたこと」前叙のとおりであるから、右留守番の点を以ては、到底前認定を左右することはできない。

(二)、抗弁(一)の当否

1、借家法第六条違反の点

この点に関する被告らの抗弁は採用できない。蓋し、本件特約(ハ)は賃借人に不利益なるものではあるが、いまだ借家法第一条ないし第五条の規定に違反する特約ではないからである。

2、転貸の承諾の点

(1) 、まず本件特約(ハ)が民法第六一二条の適用を排除し、原告の承諾の有無を問わないものであるか否かについて按ずるに、原告が住宅の不足の著しい地域において、住宅に困窮する勤労者のために集団住宅の供給等を行い、以て国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的として設立せられた法人であり、右高度の公益的目的のため、その資金面・人事面その他組織運営上の各方面において多分に公法的規制を受け、また業務の執行についても、公団住宅の賃貸および管理等については、建設省令で定める基準に従い、更に業務開始の際は業務方法書を定め、建設大臣の認可を受けなければならない等、単なる私法人とは異つた公共的性格を有するものであることは、日本住宅公団法に照らし、明らかであるが、結局は、私法人の一種であること、これまた同法第二条・第六条・第九条・第四八条・第四九条等によつて明らかである。したがつて、原告と公団住宅の賃借人との関係は、なんら公法上の権力関係ではなく、対等の市民法秩序における契約関係であつて、当然には、民法第六一二条の適用を免れないものというべきところ、本件賃貸借契約においては、本件特約(ハ)が、原告の承諾があつても、なお且つこれを全面的に適用することができるものであることを認めるに足る証拠なく、かえつて成立に争ない乙第二〇号証(原告が建設大臣から認可を受けた前記業務方法書)によれば「原告は、賃借人が公団の承諾を得て、公団住宅の一部を転貸(これには、有償・無償の区別がない)した場合には、本来の賃貸借契約を解除することができないものであること」を認めることができる。そうとすれば、本件特約(ハ)は、たとい有償転貸の場合であつても、原告の承諾さえあれば、その適用を排除し得る余地あるものというべきである。

もつとも、成立に争ない甲第二号証によれば「本件賃貸借契約においては、賃借人が積極的に原告の承諾を得て行うことができる事項と消極的に禁止・不作為を求められた事項とは明確に区別され、本件特約(ハ)はその後者であること」明らかであるが、右事実の存在を以ては、いまだ前認定を動かすに足りない。

また原告は、公団住宅の転貸に対し、原告側には、その承諾権者および承諾の方法等につき、なんら規定が存しないから、結局右承諾を与えることは不可能であると主張するが、仮に右規定が存しないとしても、原告が前記転貸に承諾を与えることは不可能ではないから、右主張は採用できない。

(2) 、そこで、被告ら主張の承諾の有無につき、判断する。

(イ)、明示の承諾の点

この点に関する被告ら主張の前段の事実は、本件に顕れた全証拠(特に被告登美の供述)を以ても、いまだこれを認めるに足りない。

よつて、同後段の事実について按ずるに、成程、「被告英一が昭和三五年六月三日、原告に対し春名謙三を本件建物の留守番とする留守居願を提出したところ、間もなく原告が同被告に対し、書面を以て、右願出を承認する旨の意思表示をしたこと」は当事者間に争なく、しかも「右留守居願の提出が被告側において自発的にしたものではなく、原告公団晴海団地の管理班の職員からすすめられた結果であること」は被告登美の供述により明らかであるが、当時右管理班の職員が、被告英一と前記春名の関係を本件建物の転貸借関係であると認識していたことを認めるに足る証拠なく、かえつて証人八塚清の供述および成立に争ない甲第八号証を綜合すれば「前記職員は、当時春名謙三を文字どおり本件建物の留守番であると信じていたこと」疑いをいれないから、原告の前記承認の意思表示を以て、形式はともかく、実質は本件転貸に対する承諾の意思表示であるということはできない。

したがつて、明示の承諾に関する被告らの抗弁は、いずれも採用できない。

(ロ)、默示の承詰の点

まず、この点に関する被告ら主張事実の存否について按ずるに、「原告側が、被告側に対し、前記留守居願の提出をすすめ、被告英一がこれを提出するや、右願出を承認したこと」は前認定のとおりであり、次に成立に争ない乙第四号証、証人八塚清・被告登美の各供述および弁論の全趣旨を綜合すれば「原告側は、前記承認後も、その期限である昭和三五年一〇月三一日が経過しても、なんら被告らの本件建物への復帰の有無等調べることなく、そのままこれを放置しており、また同建物の賃料等は、前記春名の転借後も昭和三六年五月分まで、依然、被告英一から異議なくこれを受領していたこと」を認めることができる。しかしながら、その余の主張事実、特に春名謙三の被告ら主張のような態様による本件建物居住についての原告側の知情の点は、本件に顕れた全証拠を以ては、いまだこれを認めるに足りない。

そこで、右認定の各事実から、原告の本件転貸に対する默示の承諾を推認できるか否かについて按ずるに、前掲甲第二号証・乙第四号証、証人八塚清・同青木欽七郎・被告登美の各供述および弁論の全趣旨を綜合すれば「前記留守居願の提出の点は、前記管理班の職員が、被告登美から被告猛の入院による留守番の必要性を聞いたので、右事情を諒とし、本件賃貸借契約の第一六条(賃借人は、その世帯全員が引続き三〇日以上公団住宅に居住しないときは、直ちにその旨を原告に通知すること)に基き、右留守居願の提出をすすめたにすぎず、また前記期限後の放任の点は、管理班の手不足と繁忙から、やむを得ず放置されたものであり、次に賃料等の受領の点も、原告側では、右留守居願の提出まで、前記春名の居住を知らず、また右提出後は、真実春名を本件建物の留守番であると信じていたので、当然本来の賃借人である被告英一から賃料等を受領したまでであること」を認めることができる。そうとすれば、前記認定の各事実を以ては、原告の本件転貸に対する默示の承諾は、いまだこれを推認するに足らないものというべきである。そして、本件においては、他に右承諾を認めるに足る証拠もない。

しからば、默示の承諾に関する被告らの抗弁もまた理由がない。

3、背信性の欠如の点

(1) 、まず、この点に関する被告ら主張事実の存否について按ずるに、「本件転貸が、被告ら主張の事情により、被告側において相当期間本件建物を空家とする外なくなつたので、被告猛の退院まで、春名謙三を本件建物のいわゆる留守番とするため、なされたものであること」は前認定のとおりであり(転貸の動機)、次に前掲甲第六号証および被告登美の供述によれば「本件転貸借契約においては、右春名は、前記転借の期間中であつても、被告らが本件建物に復帰する場合には、三ケ月前に予告をすれば、いつでも同建物を明渡す約束となつていたこと(一時転貸)、および本件転貸料金一万円には、被告ら主張の電話に対する春名の使用料が含まれていたこと」を認めることができ、また本件弁論の全趣旨によれば「被告英一は、本件転貸後も昭和三六年五月分まで、前記賃料等の支払を遅滞したことなく、一方春名謙三の本件建物使用状況も別段不相当なものではなかつたこと」が窺われ、更に「被告側が、原告から、右春名を本件建物の留守番とすることにつき、五ケ月間ではあるが、承認を得ていたこと」は前認定のとおりである。しかしながら、その余の主張事実、特に一部転貸の点は、いまだこれを認めることができない。すなわち、前掲甲第六号証および被告登美の供述によれば「本件転貸借の契約書には、右転貸の目的物を本件建物の一部と表示され、また同建物の四畳半には、本件転貸後も依然、被告らの荷物の一部が残置され、時折被告らが右荷物を扱うため、同部分に出入りしていたこと」を認めることができるから、一見、本件転貸借は本件建物全部ではなく、右四畳半を除くその余の部分だけであると考えられない訳でもないが、この点については、証人小松達郎の供述および弁論の全趣旨を綜合すれば「右四畳半は本件建物のごく一部であるうえ、春名謙三が別にその使用を禁じられていたものでもなく、したがつて、同人は他の部分と同様、自由にこれを使用しており、また被告らの前記荷物は、同人らの依頼により、便宜春名が保管していたものにすぎなかつたこと」明らかであるから、本件転貸は一部転貸ではなく、全部転貸であつたというべきである。

(2) 、そこで、前記認定の各事情が、本件無断・有償転貸を以て、被告英一の原告に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情に該当するか否かについて、判断する。

思うに、本件特約(ハ)は、原告に課せられた前記高度の公益的目的を達成するため、公団住宅の賃貸借契約の中でも、特に強い要請として、定められたものであることは、原告の有する前記公共的性格、右特約の文言自体およびこれと本件賃貸借契約における他の条項との対比(甲第二号証参照)、等よりして明らかである。したがつて、賃借人の行為が右特約に違反するにもかかわらず、なお且つ原告に対し背信性なきものというためには、右行為が原告の前記性格に抵触せず、しかもその目的達成の妨げとならない特段の事情ある場合であつて、右の理は通常の個人住宅の賃貸借の場合とは、著しく趣きを異にするというべきである。

よつて、以上の見地から本件を考察すると、前記(1) 認定の諸事情によれば、被告英一の本件転貸には、転貸の動機その他の点において、相当同情すべき余地あることは、明らかであるが、なんといつても、前認定のように、本件転貸が、約三年の長きにわたり、多額の敷金と本件建物の賃料を上回る転貸料を徴収していた無断・有償転貸であること。および被告らが、本件建物に三〇日以上居住しないときは、直ちにその旨原告に通知すべき義務あるにかかわらず、これを放置し、本件転貸後約二年を経過してから、しかも原告側より勧告されて、始めて前記留守居願を提出したこと」ならびに「右留守居願には、春名謙三を故意に被告英一の姻せきと偽り記載し、また市井のアパートや貸間等とは異つた公益的施設である公団住宅の無断・有償転貸についても、格別これを悪いこととは思つていない被告側の精神的態度」(この点は、前掲甲第八号証、被告登美の供述および弁論の全趣旨により、これを認める)にかんがみれば、前記(1) 認定の諸事情を以ては、本件無断・有償転貸が、被告英一の原告に対する前敍のような意味合いによる背信的行為と認めるに足らない特段の事情に該当するものとは、いまだこれを考えることができない。

なお「本件建物の転借人である春名謙三が、昭和三七年五月一三日、本件建物から退去したこと」は当事者間に争がないが、右事実は原告の本件契約解除の意思表示より約一年を経過した後のことであるから、これを以て被告英一の背信性の有無ないし右契約解除の効力を左右することはできないものというべきである。

したがつて、背信性の欠如に関する被告らの抗弁も理由がない。

(三)、そうとすれば、原告の被告英一に対する前記契約解除の意思表示は適法であつて、本件賃貸借契約は昭和三六年六月二〇日終了したものというべきである。

三、抗弁(二)の当否

「被告英一が、原告請求の賃料等を原告あてに弁済供託していること」は当事者間に争がない。しかしながら、右弁済供託の要件については、なんら同被告が、これを主張・立証しないところである。それゆえ、右抗弁は採用できない。

四、しからば、被告英一は原告に対し、本件建物を明渡し、且つ昭和三六年六月一日から同年六月二〇日までの未払賃料等金四、八五〇円(端数の計算については、甲第二号証の第九条第四号参照)およびこれに対する弁済期の翌日である同年七月一日以降完済まで、前記特約(ロ)に基く日歩金五銭の割合による遅延損害金と、本件賃貸借終了の翌日である同年六月二一日から本件建物明渡ずみまで、本件特約(ハ)に基く一ケ月金一〇、九二〇円(前記賃料等の一、五倍)の割合による損害金の支払をする義務あるものというべきである。

第二、被告敏雄・同登美・同猛に対する請求の当否

一、請求原因第一項は当事者間に争がない。

二、そこで、右被告らの本件建物占有の有無につき按ずるに「同被告らが、被告英一の本件建物賃借後、昭和三三年三月頃まで、被告英一の家族として、同建物に居住していたものであること」は、前認定のとおりであるが、右被告らが、かねてより(特に昭和三六年六月二一日から)被告英一と共に本件建物を共同占有していることは、本件提出の全証拠を以ても、いまだこれを認めるに足りない。

三、そうとすれば、原告の被告敏雄・同登美・同猛に対する請求は、爾余の点につき判断をするまでもなく、理由がないというべきである。

第三、結論

よつて、原告の本訴請求は、以上説示の限度においてのみ、これを認容し、その余はこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第九二条を適用したうえ、仮執行の宣言はこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 古川純一)

別紙

目録

東京都中央区晴海町三丁目二番地の一

日本住宅公団晴海団地

一、鉄筋コンクリート造五階建四号館の第二〇六号室

建坪 一二坪六合四勺

(但し、畳、建具その他造作付)

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